そもそも決算書とは一体なんなのでしょうか ?
一口に「決算書」と言っても1枚の紙に「決算書」と書いてあり、表になっているわけではありません。そうすることも、物理的には可能なのですが、それでは見る方がたまりません。
なぜって?それは企業の経営を司っている会計指標は膨大であり、単純に「利益」と書いてもなんの利益なのか解りません。1つの利益を計算するためには、それなりの計算過程が存在します。その計算過程で算出された、数値に重要な意味が隠されています。
例えば、小学生の算数テスト(文章問題)で、答えだけ書かせる問題は殆どないですね。必ず、その答えを導いた計算過程、つまり式も書かせています。これは、答えだけ合っていても意味がないからですね。肝心なのは、答えを導くための、計算過程、要するに「頭の中」です。
決算書も同様です。単純に「利益」と書かれてあってもあまり意味がありません。何の利益であるのか? どのような考えで導いた利益であるのかが解りません。要するに、最終的な数字だけでは企業の考えていることが解らないからです。
企業が考えていることは、その企業に就職して何年間か働けば、それなりに解ってくるのかもしれませんが、投資の度にそんなことを繰り返せるはずがありません。言葉で文章化してもらっても、巧みなごまかし、隠蔽、誘導により、倒産しそうな企業でも、簡単に優良企業に仕立て上げることが可能です。
そこで、投資家等を守るためにどうすれば良いのか、と言うことで、ある程度ごまかしのきかない数字と、一定の計算ルールを定めることにより、企業の経営状況を公表する場を設けようとなったのです。
数値化すること及び先生役である「公認会計士の監査」により、言葉巧みにごまかす(数値操作による粉飾決算は未だに存在する)ことは、事実上できなくなりました。
一定のルールを定めたことにより、企業間の比較が容易になりました。そして、何より定期的な公表により、その経営の傾向が一目瞭然となりました。 こうして、導き出されたのが「決算書」な訳です。つまり、我々投資家のために存在するのです。逆に言うと、企業としては自分の成績ですので、良ければ堂々と宣伝したいのでしょうが、悪い時は、正直、公表したくないのが当然の心理です。
要するに、ごまかしが、効き難くなってはいるものの総じて「良くしよう、良く見せよう」とした、操作が見られます。もちろん、一定のルールの範囲内での操作と言うことです。 そこで、投資家として「決算書」を読む力が必要となります。作り方の知識は必要ありません。あくまでも読みとる力です。正直、この読みとる力はある程度の知識と経験(慣れ)を必要とします。
当然、一定のルールに沿っている以上、最低限、そのルールを知らないと、読みとることはできません。 どうでしょうか? 何となく「決算書」ってのが一体何であるのかを何となくでも解って頂けたでしょうか。以下にこのページのまとめを書いてみます。
1 「決算書」は、その企業(企業の考えていること)を知るためのもの
2 一定のルールに沿っているため「企業間比較」が容易
3 定期的な公表により、経営の傾向把握が容易
4 ルールの範囲内ではあるものの、なるべく良く見せようとする力が働く
5 読みとるためには、知識と慣れが必要
以上です。